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さくら/西加奈子のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2018年5月27日

さくら/西加奈子のあらすじ(ネタバレ)

 東京の大学に通う男子大学生の長谷川薫は、「年末、家にかえります。おとうさん。」という、スーパーのチラシの裏に書かれた手紙を受け取った。それは、3年ほど前に家出をした父親からの手紙であった。その手紙を受け取った薫は、大晦日の前日に実家に帰省した。

 久しぶりに帰った実家には、帰ってきた父親、以前よりも肥満化した母親、容姿端麗だが内にこもってしまっている妹の美貴、そして年老いた飼い犬のサクラがいた。サクラは、近所の家で子犬が生まれ、もらってきた犬であった。当時十歳の薫は、サクラを一目で気に入り選んだのだった。サクラを見ていると、その当時の幸せだった記憶が鮮明に浮かんできた。

 長谷川家は五人家族であった。薫は穏やかでハンサムな父親と、大らかで元気な母親という仲の良い両親の元に生まれ、美人であるが乱暴者で変わり者である妹の美貴がいた。そして、もう一人、格好良くて爽やかで人気者、何より優しい一という兄がいた。一は、薫や美貴の自慢の兄で、2人にとってのヒーローで、長谷川家の太陽のような存在であった。

 薫より2つ年上の一は、小さな頃からモテていて、大変な人気者だった。一と薫に美貴という妹ができたのは、一が5歳、薫が3歳の時だった。美貴も一と同じく容姿端麗で目立つ存在であったが、それよりも、乱暴者な変わり者として有名であった。美貴は男の子からアプローチされることも多かったが、見向きもせず、同性の友達もいなかった。しかし、そんな美貴も一のことは大好きで、優しくて格好良い一は常に薫と美貴の自慢だった。

 薫が小学生の時、長谷川家はニュータウンに引っ越しをする。それから暫くして、長谷川家にサクラがやってくる。3兄弟はサクラが大好きで、みんなで可愛がっていた。美貴は、転校先の学校で乱暴はしなくなったが、相変わらず一人ぼっちで友達がおらず、その代わりに家では一にべったりで、一への依存度が増しているようだった。

 一は相変わらず転校先でも人気者であったが、中学生になった時、矢嶋さんという年上の彼女ができる。一が矢嶋さんを家につれてきた時、美人であるが不良っぽい雰囲気があり、薫は怖いという印象を持った。美貴は大好きな兄が彼女を連れてきた事実に、終始不機嫌であった。

 その後も、矢嶋さんは長谷川家に遊びにくるようになった。最初は怖い印象を持っていた薫も、サクラに優しくしてくれている様子を見て、徐々に良い印象を持つようになる。実は、矢嶋さんは母子家庭で苦労しており、寂しい気持ちを上手に表すことができない人であった。矢嶋さんは一と付き合い、長谷川家の家庭的な空気に触れ、次第に明るく変わっていった。薫が中学生になる頃には、一と矢嶋さんは美男美女カップルとして学校でも有名になっていた。

 しかし、矢嶋さんのお母さんの再婚により、矢嶋さんが遠くへ引っ越ししてしまうことが決まる。一も矢嶋さんも必死に抵抗したが、大人の都合には勝てず、離れ離れになってしまう。2人は大人になったら必ず結婚しようと約束をし、離れていても手紙のやりとりをしていた。しかし、ある日から矢嶋さんからの手紙が途絶えてしまい、一はひどく落ち込むようになった。一は連絡が来なくなってからも、ずっと矢嶋さんを思い続けていた。

 友達がいなかった美貴に、高校の時に友達ができる。男らしい性格で同性からもモテモテの薫さんという女の子と仲良くなった。さっぱりした性格の薫さんと美貴は、仲良くなり頻繁に家に遊びにつれてくるようになる。しかし、学校で二人はレズだという噂が流れる。美貴は気にしていない様子であったが、実は、薫さんは美貴のことが好きで辛い恋をしていた。

 一が大学進学と同時に家を出ていくことになった。一が出ていく日まで、3兄弟は夜中に一の部屋に集まり、名残惜しむように沢山話をするようになった。何気ない会話の中で、薫は美貴も誰かに恋をしていることを感じた。薫さんも美貴も辛い恋をしてるように感じて、薫は切ない気持ちになった。

 一が家を出て行った年の夏、一は交通事故に遭った。命は助かったが、整っていた顔も変わってしまい、下半身が不自由になり、車椅子での生活になった。事故後の一は、自分の身体が思うように動かない苛立ちを抑えきれず、悲しみにくれて泣き出したり、家族に物を投げたりするようになった。しかし、二ヶ月くらいすると落ち着いてきて、以前ほどの明るさはないが、家族への気遣いも徐々に戻っていった。また、しばらくすると、車椅子を動かす腕の筋肉もつき、1人でサクラと散歩できるまで回復していた。

 3兄弟とサクラで散歩していたある日、薫は変な視線を感じた。これまでも、一と美貴と並んで歩くと、容姿端麗である2人はいつでも人の目を引く存在だった。しかし、この日は道行く人が、一を気持ち悪いものを見るような目で見てきたのだった。そんなことは初めてで、薫も美貴も戸惑いを隠せなかった。

 それから数日後、一は言った。

「神様は毎日俺らにボールを投げてくる。俺は、今まで、直球しか投げられたことなかったんや。でも、最近の神様、ちょっと悪送球や。打たれへんボールを投げてくる。」一のその言葉を家族で聞き、薫はこれまでみんなのヒーローだった一を思って胸が苦しくなった。「打たれへん。」

 その言葉を繰り返して一は泣き続けた。そして、1人でサクラの散歩に行ったある日、一は自殺した。薫と美貴が、一の誕生日にプレゼントしたサクラの散歩用の鎖を、公園の木に吊るして自殺した。「この体で、また年を越すのが辛いです。ギブアップ」という遺書が遺されてた。

 薫は美貴からランドセルを渡された。美貴が昔使っていたランドセルの中には、矢嶋さんからの約3年分の手紙が入っていた。美貴は、一よりも先に、ポストから矢嶋さんの手紙を取って、ずっと隠し持っていたのだった。美貴は、一の字を必死で練習して真似て、一度だけ「他に好きな人ができた」と返事を書いた。美貴は薫の前で、矢嶋さんからの大量の手紙を、涙を流しながら全て読んだ。薫は一と矢嶋さんはずっと両想いだったことを知って、死んでしまった一を思った。そして、無意識のまま、気づけば美貴のことを何度も何度もぶっていた。美貴は血を流し、2人とも馬鹿みたいに涙を流していた。美貴はずっと長いこと、実の兄に対して絶望的な恋をしていたのだった。

 一を失った長谷川家は壊れた。細かった母親は食べすぎで太った。美貴は学校にいかず、ぼーっと一日を過ごすだけになった。反対に薫は、周りの友達から気味悪がられるほど勉強に没頭した。そして、父は突然何も言わず家を出て行った。父がいなくなったと同時に、美貴のランドセルもなくなっていた。父は、美貴が薫にランドセルを見せたあの日、美貴の兄への想いを聞いてしまっていたのだった。薫は二十歳になると同時に、東京の大学に進学するために家を出て、長谷川家には男性が誰もいなくなった。

 一の死から4年、父親が戻り、薫も帰省し、家族4人集まった長谷川家は、みんなで一のお墓参りに行った。両親はお墓を前にして、涙を流した。帰宅すると突然サクラの具合が悪くなった。サクラの様子を見ながら、近くにあった動物病院が既にないことを知っている母親は、絶望しまた涙を流す。愛する夫に出ていかれてしまった母親と、愛する兄を亡くした美貴にとって、サクラだけが幸せの象徴だった。サクラの存在が、幸せだったあの頃の思い出そのものだった。

 父親が「病院を探そう」と強く言い、4人は車に乗り込み病院を探す。父親は記憶を頼りに、狂ったようにハンドルを回し、病院を探して車を走らせる。病院を探しながら、父親は美貴に「ランドセルは捨てたぞ」と言った。その言葉を聞いて、美貴と母親は涙を流した。美貴は「今度好きな人ができたら、迷わず相手に好きと言う」と泣きながら言った。その言葉を聞いた父親も同じように涙を流した。それまで苦しそうに動かなかったサクラは病院に着き、嘘のように元気になった。家族はこれから再生に向かっていく。

さくら/西加奈子の読書感想文

 この作品は、主人公である薫の視点から、薫の家族である長谷川家の、楽しく幸せな思い出、悲しく切ない思い出、色々な家族の思い出が語られた作品です。父、母、兄、妹、そして愛犬のサクラを中心に、個性的だけどどこかに存在していそうな一つの家族の物語で、読んでいて温かい優しい気持ちにもなるし、苦しくて堪えきれない気持ちにもなるしと、色々な感情があふれ出てきました。

 特に印象的だったシーンは、兄の一が自殺してしまい、妹の美貴がランドセルから兄の彼女であった矢嶋さんの手紙を読むシーンです。美貴という人物は、美しいけれどどこか攻撃的で、人に自分の気持ちもあまり言わず、自分勝手に振る舞っている女の子というイメージでした。兄である一のことが大好きというのは伝わってきていましたが、まさかそこまで激しい恋心を抱えていたとは思わず、言葉にできない気持ちになりました。美貴がその気持ちをずっと一人で抱えて生きてきたのだと思うと、美貴のことを一人の女の子として愛おしく思いました。

 また、同じシーンでの薫の気持ちを考えても胸が締め付けられました。薫も、兄の一が大好きでした。事故の後、心が安定しない兄の様子から、その時に、もし、矢嶋さんが兄の傍にいてくれたら兄は自殺しなかったのではないか。そんなことを考えてしまう気持ちに共感できました。一方で、薫が美貴のことを妹として可愛がっているのも伝わっていました。だからこそ、妹の辛い恋にも心を痛めていたのだと思います。このシーンは、切なく苦しい恋と優しくて大きな愛を感じる印象的なシーンでした。

 作品全体から、薫や美貴、一の人間としての成長、その時の心情の変化などが鮮やかに伝わってきます。私も兄弟がいるので、自分と兄弟、あるいは家族の関係性などを意識しながら読んでいました。そして、家族と日常を過ごしていける幸せを強く感じました。飼い犬のサクラの存在が表しているように、幸せな時間は永遠である保証はどこにもないけれど、幸せな思い出によって人は救われることもあるし、幸せが壊れてしまってもやり直すことができる、そんなメッセージを感じました。


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