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アイネクライネナハトムジーク/伊坂幸太郎のあらすじと読書感想文(ネタバレ)

2018年5月24日

アイネクライネナハトムジークのあらすじ(ネタバレ)

「アイネクライネ」

 マーケットリサーチ会社に勤める佐藤は、先輩の藤間が突然奥さんと子供が家を出て行ったショックで、調査したデータを紛失させたことにより、街頭アンケートをすることになった。佐藤は断られながらも道行く人に声をかけていたが、そんな中1人の女性がアンケートに協力してくれた。アンケートを終えた彼女は、「立ってる仕事って大変ですよね」と佐藤に声をかけた。彼女が去った後、街頭アンケートは不思議と調子よく終えることができた。帰り道に佐藤は、駅でボクシングの試合が生中継しているのを見かけた。ヘビー級の試合で日本人選手がちょうど世界王者になった瞬間であった。

 佐藤は大学の同級生である織田一真とその妻・由美の元を訪ねる。由美は大学時代誰もが憧れる高嶺の花であったが、周囲が驚くことに超が付くほど適当な性格である一真と結婚した。佐藤は、2人がどのように出会ったのかを聞くが、特に劇的な出会いなどなかったと言う。由美は「『出会い』とは、後で思い返してみて、そういえば、と気づくもの」であると言った。

 佐藤は先輩の藤間から奥さんと連絡が取れたと聞く。佐藤はふと藤間に、奥さんとの出会いについて聞く。奥さんが落とした財布を藤間が拾ったという偶然のような出会いだったと聞き、佐藤は驚く。藤間が照れくさそうに奥さんの話をして、佐藤は藤間が奥さんの事を本当に好きなのだと感じる。しかし、まだ奥さんは帰ってくるつもりはないらしく、藤間は落ち込んではいたが、先日のボクシングの試合で勇気づけられたという話をする。

 ある日会社帰りに佐藤は工事現場の渋滞につかまる。車が動かない間に藤間から電話がかかってくる。また奥さんと連絡がとれ、その際に出会いの話を聞いたところ、実は奥さんはわざと藤間の前で財布を落としたという。電話を切り佐藤が出会いについて考えていると、工事の係員に止められる。よく見ると係員はアンケートに答えてくれた女性であった。いつもならば声はかけないが、佐藤は「立ってる仕事って大変ですよね」と彼女に声をかけた。

「ライトヘビー」

 美容師である美奈子は、常連客でプライベートでも仲良くしている板橋香澄の髪を乾かしながら世間話をしていた。話題は格闘技の話になり、店に貼ってあった、ウィンストン小野というボクサーの話になる。日本では珍しいヘビー級の選手で、チャンピオンを目指していると香澄が説明するが、美奈子は格闘技自体物騒で苦手だという話をする。

 香澄は帰り際に、「彼氏がいないなら、弟と電話をしてやってほしい」と突然提案する。美奈子はやんわりと断ったが、ある日突然香澄の弟である学から電話がかかってくる。学は美奈子が話をあるから電話をかけるように香澄に言われていたようで、2人は困惑する。しかし、会話をしているうちに打ち解け、定期的に学から電話がかかってくるようになり、特に大きな進展もないまま電話をするだけの関係が続く。

 ある日、美奈子は香澄の部屋に招待される。ヘビー級の世界チャンピオンに、日本人ボクサーであるウィンストン小野が挑む試合を一緒に見ようと言う。そして、もしその選手が勝ったら、弟の学は美奈子に告白をするつもりであると告げる。美奈子は「そんな他力本願な」とは思いつつ、試合が開始すると、いつの間にか手に汗を握ってウィンストン小野を応援していた。

 熱戦の末、試合に勝ったのは、ウィンストン小野であった。しかし、学から美奈子に電話は一向にかかってこない。少し落ち込んでいる美奈子に、香澄は「電話はしばらくかかってこないよ。テレビに引っ張りだこだろうからね」と言った。美奈子が「どういうことだろう?」とテレビを見ると、テレビの中の新チャンピオンは、恥ずかしそうに「次の挑戦は、ある女性に会うことです」と言った。

「ドクメンタ」

 マーケットリサーチ会社に勤める藤間は、会社では気の利く人と評判であったが、家では大雑把で忘れっぽい性格で、それに愛想を尽かした妻は子どもを連れて出て行ってしまった。そんな中、藤間に5年に1度の免許更新時期がやってきた。藤間は免許更新の度に出会う女性のことを思い出していた。その女性とは誕生日が近く、さらにお互いにギリギリまで更新に行かない忘れっぽい性格のため、前回も前々回も行くタイミングが重なっていたのだった。

 初めて彼女に会ったのは10年前で、メガネを忘れた彼女は、強引に藤間の眼鏡を借りて視力検査に臨んだ。その時、彼女は子どもが生まれたばかりで、藤間とは少し世間話をして別れた。その5年後、つまり今から5年前、再び免許更新の場で彼女と会う事になった。大雑把でいい加減な性格に愛想を尽かされ、彼女は夫と別居中であった。藤間も、よく妻に同じようなことで注意を受けていたので、他人事と思えないと思いながら、彼女の話を聞いていた。

 藤間が、「今年も彼女に会うだろうか」と考えていると娘から電話がかかってくる。生活について色々聞かれた後、娘は最後に「記帳もちゃんとやってる?」と藤間に言って、電話を切った。その言葉を聞いて、藤間は例の女性が、彼女の夫に記帳をしないことを特に何度も注意されていたと言っていたことを思い出した。

 運転免許センターで、藤間は女性と5年ぶりの再会を果たす。彼女は、5年前別居中だった夫とはヨリを戻し、今は幸せに暮らしていた。復縁したきっかけは、以前話していた「通帳の記帳」であった。別居中、彼女が何年かぶりに通帳の記帳を行うと、定期的に100円だけの振り込みがあることを知った。振り込み元の名前は『オレモワルカッタ』となっており、彼女は夫からのメッセージだと気がついた。彼女はそのメッセージを見て、慌てて夫に連絡をし謝罪をした。夫は、彼女がこのメッセージに気付いたら戻ってこようと決めていたらしく、2人は無事復縁した。彼女の話を聞いて、藤間は自分も通帳の記帳をしていないことに気付き、「もしかしたら…」という気持ちになった。

 銀行で藤間は、順番待ちをしていた。何年も記帳していなかったため、窓口で処理する必要があった。待っている間、藤間は妻のことを考えていた。「もし妻からのメッセージがなかったとしても、こちらからメッセージを送ることはできる。妻は自分とは違い記帳している。」その時、順番を待つ藤間の名前が呼ばれた。

「ルックスライク」

 今から約二十年前、ファミレスでアルバイトをしていた笹塚朱美が、客からクレームをつけられ困っていると、若い男性が現れ、クレーム客に向かって「このお嬢さんが誰か知っているんですか?」と言った。そう言われたクレーム客は、朱美の父が何か危険な人だと誤解し、帰っていった。その男性は邦彦という名で、機転を利かせて朱美を救い、そのことがきっかけで二人は交際することになった。しかし、何年か交際すると、朱美は邦彦に対して不満を抱く。邦彦は優しい人であったが、誰かを喜ばせることが好きなタイプであり、逆に朱美からのサプライズにあまり喜んでくれないのであった。そういった相性の問題があり、二人は別れることになる。

 二十年後、高校生の織田美緒は駐輪場で駐車料金をごまかしている人物がいるのを知る。犯人探しのため誘われたクラスメイトの久留米和人は、クラスでもアイドル的な存在である織田美緒の誘いということもあり彼女に付き合って犯人探しを手伝う。年配の男性が犯人であるということを知った2人は、その男性の行為を指摘するが、相手は決して犯行を認めようとせず、美緒たちを叱りつけてきた。最初は毅然とした態度だった美緒も、大人の権幕に推されえ怯え始める。その時、ある人物が男に近づいてきて、「こちらがどなたの娘さんか、ご存知でいらっしゃるんですか?」と声をかけた。

 声をかけた人物は、美緒と和人の担任である深堀先生という女性教員であった。深堀先生の一言で弱気になった犯人は、犯行を認め気まずそうに去っていった。美緒と和人が深堀先生と話していると、仕事帰りの和人の父親と遭遇する。和人は、自分と顔がそっくりなさえない父親と遭遇してしまい落胆するも、深堀先生に父親を紹介する。父親も深堀先生に保護者として挨拶すると、深堀先生はいたずらっぽい顔で、和人の父親に向かって「お久しぶりです」と挨拶をした。

 困惑する和人の父に向って、深堀先生は「『この子がどなたの娘かご存知ですか』作戦は、20年近く経ってもまだ有効だったわよ」と伝える。実は、旧姓笹塚である深堀朱美先生と和人の父親である久留米邦彦は、昔の恋人であった。朱美は、和人の担任になったときから、いつか邦彦にサプライズをかけて驚かせようと思っていたのだった。

「メイクアップ」

 化粧品会社で働く窪田結衣は、仕事相手としてプレゼンに来ていた担当者が、高校時代自分をいじめていた小久保亜季だと知り驚く。亜季は、結婚し苗字が変わった結衣のことに気づいておらず、結衣は初対面として話を進める。結衣は同僚の佳織にそのことを話すと、「復讐するチャンスだ」とけしかけられるが、結衣はあまり乗り気にはなれなかった。

 そんな中、結衣は街でたまたま亜季に会い、既婚である事を伝えるも強引に合コンに参加させられる。その合コンで、亜季はお気に入りの辻井という男性を自分のものにするために、周囲に嘘の情報を流しており、結衣は高校時代から亜季が全く変わっていないということを思い知る。

 結衣と佳織が食事をしていると、たまたまデート中の辻井と亜季が店に入ってきた。亜季は、プレゼン先の人間である結衣と仲良くなるために、一緒に食事することを申し出て、4人で食事をすることになった。亜季が席を離れた時、辻井は結衣に「できれば彼女ともっと親しくなりたいんだけど、どう思う?」と亜季の人柄について尋ねてきた。ここで、彼女の本性をさらすこともできるが、結衣は「辻井さんのことは気になっているみたいですよ」とだけ答えた。結衣は自分は復讐に向いていないと思った。

 亜季と辻井を残し結衣と佳織が店を出ると、一人の女性が後ろから追いかけてきた。辻井が、女遊びをするタチの悪い男によく似ているので、気をつけた方がいいとアドバイスをされる。結衣は、亜季が辻井に騙されている可能性を考え店に戻ろうとしたが、佳織に「これも一つの復讐」と止められる。亜季は佳織のいうとおりそのまま帰宅し、出張帰りの夫に事の顛末を話す。夫は、「プレゼンか恋愛、一勝一敗だったら許してあげよう」と話し、その後、夫の予言通りとなるのであった。

「ナハトムジーク」

 チャンピオンになった後、学と美奈子は恋人同士になり、二人は織田一真と由美夫妻の家に遊びに来ていた。一真の妻である由美と美奈子は高校の同級生であり、そのことを知った一真が「チャンピオンに会いたい」と招待した。

 一真からチャンピオンが来るという話を聞いた佐藤は一真の家に向かっていた。奥さんに逃げられてしまった先輩の藤間がウィンストン小野のファンで、藤間を元気づけるためにサインをもらおうと考えていた。佐藤は一真の家の近くの公園で、中学生の男の子がいじめられているのを発見する。佐藤がいじめっ子を追い払っている間に、一真と学もその現場にかけつける。中学生の男の子は難聴で、それが原因でいじめられていた。一真が励ますように「ボクサーになればいい」と言い、目の前で学が木の枝を真っ二つに折って見せると、男の子は憧れの目で学を見つめた。

 チャンピオンになってから2か月後の試合で、学は元チャンピオンに惨敗した。取材などで練習時間をとれなかったのが原因だった。さらに学は試合で選手生命に関わる重傷を負った。美奈子は学を支えるため結婚を決めた。そんな中、学へのファンレターの中に「弟を失望させないでほしい」という手紙が届いた。難聴の男の子の姉からの手紙であった。

 10年後、学は現ヘビー級のチャンピオンに、挑戦者として挑む事になり、再び日本中の注目を集めていた。学はチャンピオンより10歳も年が上で、相手は若く勢いのあるボクサーであった。周囲は応援しつつも、簡単に勝てる相手ではないと思っていた。試合が始まり、序盤のみ互角に戦っていたが、圧倒的にチャンピオンが優勢であった。9ラウンド目には、すでに学の闘志は消えかかっていた。

 もうだめだ、と思っていた学は10ラウンドの開始を告げるラウンドボーイの視線に気づく。モデル事務所から派遣されてきていたラウンドボーイの容姿端麗な青年が、手話で学に「まさかそれでおしまいではないだろう?」と伝えた。学はその姿をみて、ハッと彼があのときの難聴の中学生であることに気づいた。青年は「10ラウンド」と記されたボードを高く掲げ、叫びながらにボードを真っ二つに折った。その光景を見た学は、体の奥の方から熱が湧き上がってくるのを感じた。退場させられるラウンドボーイに向かって、学は「大丈夫だ」と手話で返した。学の左フックが現チャンピオンの身体を吹き飛ばしたのと、最終ラウンドの終了ゴングが鳴ったのはほぼ同時だった。結果、ゴングの方が先だと判断され、学のKOは無効になった。しかし観客は学が真の勝者であると称えた。

 学は試合で力を発揮できたのはラウンドボーイの彼のおかげだと考えた。しかし、接点がない二人が出会ったのは、たまたま学の恋人の美奈子が由美の同級生で、その由美の夫一真が彼の友人の佐藤がいる公園に学を連れて行って、たまたまそこに彼がいたからである。人と人は、繋がっている。だからこそ、出会いは大切にしなければならないと、これまでを振り返りながら学は思った。

アイネクライネナハトムジークの読書感想文

 この作品は、主人公も変えて、描く時代も変えた、6つの短編から構成される連作短編集です。それぞれの短編で話のストーリーも違い、それぞれに引き込まれる点がありますが、「人と人との出会い」をテーマにしている点で結ばれています。そして、 最終編である「ナハトムジーク」では、個々にちりばめられていた伏線が回収され、これまでの5編の登場人物が繋がっていきます。読了後は、非常に暖かい気持ちになる作品です。

この作品のテーマは「人と人との出会い」です。恋人や仲の良い友人、学校の先生や会社の上司、近所に住んでるおばさんや、いつも駅で見かける中学生。私たちの生活の中にある、意識しないと気づかないような、その瞬間が過ぎれば忘れてしまうような、日々繰り返される人と人の出会い。「目の前にいる人との出会いのきっかけはなんだったかな?」、「今日出会った人はどんな人だっただろう?」と、少しだけ足を止めて考えてみたい、この作品を読んだ後はそんな気持ちになりました。

 短編としてだけで見ても、それぞれの主人公がごく普通の、私たちの世界で生きているような人物ばかりなので、共感しながら読むことができます。最後の「ナハトムジーク」でそれまでの主人公や登場人物が色々な形で繋がりますが、ある人物を主人公に置くと、さっきまで主人公だった人はまた別の角度から見えるといった新鮮な楽しみがあり、当たり前ですが、その人の人生の中ではその人が主人公なんだなと、感じました。私の人生は私を中心に見た、ある意味私が主人公の世界だけれど、たとえば私の友人や恋人にも同じように、日常の中で悲しいことや嬉しいこと、その人だけのストーリーが起こっているのだなと思いました。

 忙しく過ぎ去る現代、目の前のことだけを考えていると、人との出会いに感謝することは凄く少ないような気がします。自分にとって大切な人との出会いというのは、実は劇的なものではなく、日常の中にあるもので、一つ一つの出会いに感謝したいなと思いました。(まる)


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