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ツナグ/辻村深月:あらすじ&書評『死者はみんな生者を見ている』

2018年2月9日

ツナグ/辻村深月のあらすじ

 「ツナグ」は「使者(ツナグ)」をめぐる5つの短編により構成された群像劇。生者と死者を一度だけ引き合わす仲介人「使者」について、まずそのルールを先に記しておく。

1.「使者」は生者の依頼を受けて死者に交渉を行うことができる。会うのは生者、死者ともに一回に限られていて、ひとりの人間に関して言えば「生きているときと死んでいるときのそれぞれで一回ずつ生死をこえて会いたい人間に会える」と言い換えることもできる。
2.「使者」はいわゆる「恐山のイタコ」とは違う存在であり、死者の魂を自身に憑依させたり、彼らからのメッセージを受け取って生者に伝えるというスタイルはとらない。あくまで単なる「面会の仲介人」である。
3.「使者」はある種の社会貢献活動であり、報酬は一切受け取らない。また、「使者」の活動は義務でもなく、依頼の連絡が常につながるとは限らない。
4.生者と使者が面会するのは、死者が長くこの世に存在できる満月の夜である。満月の夜でなくとも面会は可能であるが、基本的に「使者」はこの日を指定する。
5.面会場所は品川にあるとある高級ホテルで、終了後はロビーで待機している「使者」に一声かけ、感想を述べる。(なお、感想については「使者」である少年・渋谷歩美が「研修」の一環として独自に行なっていることである)

■アイドルの心得

 冴えないOLである平瀬愛美は都市伝説として知られていた「使者(ツナグ)」とのコンタクトに成功し、指定された都営新宿線のとある駅の三番出口でひとりの少年と出会う。探していた「使者」が使い込んだ形跡のある大学ノートを持ったこの「イマドキの子」だと知り呆然とするが、彼に連れられるままとある総合病院の中庭に移動し、「使者のルール」を確認し、正式に使者との面会を依頼する。

 彼女が面会を希望したのは4ヶ月前に急死した人気芸能人の水城サヲリだった。大学教員の家庭に生まれたものの親の期待に応えられず塞ぎ込んでいた愛美にとって、元売れっ子キャバ嬢という経歴を持ち、テレビで天真爛漫に振る舞う彼女は憧れの存在で、手紙や自作のお菓子を送ることもしていた。

 水城サヲリが面会を受諾したことにより、愛美は指定されたホテルの一室で面会を果たす。サヲリは見ず知らずの彼女を「平(ひら)ちゃん」と呼びテレビと変わらぬ人懐っこさで接するなか、話は「どうして私を面会に選んだのか」という方向へ進む。そこで愛美は4年前に慣れない酒を飲んで酔いつぶれたときに偶然通りかかったサヲリに介抱してもらった経験を話す。サヲリはそのことを憶えていなかったが、愛美が彼女に手紙やお菓子を送ってくれていたことはしっかりと憶えていて、その手紙に「私は、死にたいです」と書いていたために会うことにしたのだと告げる。そして死んでもなお明るく振る舞い、死んだことさえも前向きにとらえている彼女に励まされ、一階のロビーで待機していた「使者」のもとに戻ったとき、「アイドルって、すごい」という感想を述べた。

■長男の心得

 家業である工務店を継いだ畠田靖彦は口が悪い上に疑り深く、最初「使者」が現れたとき彼のことを信じようとしなかった。死んだ人間に会えるとも思っていなかったし、「使者」を名乗る少年は新手の詐欺集団のひとりだと考えていた。

 靖彦の母は胃癌を患い、もってあと2年だと医者から宣告されていたが、靖彦は癌告知について本人や親族にしないことを決めた。

 そんななか、母は長男である靖彦に家のことでなにか困ったことがあれば「使者」に連絡するようにと遺言を残した。母もまた20年前に「使者」を利用し、死んだ夫、つまり靖彦の父に面会していた。

 靖彦が面会相手に選んだのは母であり、その理由は「人に管理を任せている山を売ることにしたので、その権利書のありかを教えてほしい」というものだった。母もこの申し入れを受け、品川のホテルの一室で面会することとなる。直前まで「使者」を信頼していなかった靖彦は少年に対して詮索をはじめ、「こんな怪しげな真似をしていることを、お前の親は知っているのか」とたずねると、「親がいません」という言葉が返ってきて口ごもる。「悪かったな」と一言いい、彼は面会場所となる部屋へ行くと、そこでは母が着物姿で待っていた。

 母は山の権利書のありかを伝えるが、しかし靖彦がそれを聞くまでもなく知っていたことや、そもそも山を売ること自体が嘘だと見抜いていた。靖彦が母との面会を希望したのは、癌告知を母にしないと決めたことについての後悔を口にする。あの判断は正しかったのかと気をやむ靖彦に対し、母は長男として一族の責任を一身に背負おうとする彼をねぎらう。

 面会後、靖彦は感想として「……つい本物だと騙されそうになった。よく、できてる」と皮肉をいうが、「使者」に対して感謝の意を示す。そして数年後、自分の孫が生まれたとき、彼はなぜ母が父と面会をしたかという理由を知った。

■親友の心得

 嵐美砂と御園奈津は同じ高校に通い、同じ演劇部に所属し、幅広い趣味も共有する親友同士だった。自己主張の強い嵐に対し御園は一歩下がったところから嵐を立てるタイプの女の子で、別のクラスの渋谷歩美に恋心を抱いていた。

 年明けに三島由紀夫の『鹿鳴館』を公演することになり、嵐は主役の「朝子」は当然自分が演じるものだと信じて疑わなかったが、彼女以外に御園がこの役に立候補したことから2人の関係性はぎこちなくなる。嵐は御園が自分に相談することなく役に立候補したことを不満に思っていた。

 役は数日後に行われるオーディションで決まるが、嵐は美術室の前を通りかかったとき、

――わたしには、絶対に敵わないよ。

 という御園の声を聞く。その言葉が御園の裏切りだと思った嵐は御園に憎悪し、全力で潰してやろうとオーディションに臨むも、演技の力みが仇となり朝子役は御園に決まる。

 ある日の帰り道で、嵐は住宅街の人気のない夜道でふと魔が差してしまう。もし御園が怪我でもすれば朝子役は自分になるんじゃないかという想いが脳裏をよぎり、かつて御園と「この道を通っていたときにここにある水道の水が凍ったら危ない」という会話を思い出し、その蛇口を開いたままその場を去ってしまう。その翌日の朝、自転車で通学中の御園は交通事故で死んでしまった。自転車の破損はひどく、なぜ事故が起きたのかの理由はわからない。

 救急車のなかで御園は「嵐、どうして」と呟いていたと知り、嵐は当惑する。御園の死は地面が凍っていたせいならば、御園は自分が殺したことになる。御園は蛇口をひねる自分を見ていたのかもしれない。

 嵐は苛まれ、都市伝説として知っていた「使者」とコンタクトをとる。すると待ち合わせ場所にやってきたのは同じ高校の渋谷歩美だった。 嵐は面会相手に御園を指定し、その理由を「親友だから」と渋谷に告げる。しかし嵐が御園との面会を希望したほんとうの理由は「御園が他人に事件前夜のことを誰にも話させないため」だった。自分が彼女に会うことで御園が「使者」の力で生者に会う機会をなくすことができる。そして御園は嵐との面会に応じることとなった。

 品川のホテルの一室で2人は再会すると、話もそこそこに嵐は「なぜ会ってくれたのか」と御園に問う。彼女は同じ趣味を持つ友だちとして家にある同人誌やBLを処分してもらいたいからとこたえる。御園と面会した時点で嵐の目的は果たされていたが、嵐は自分が彼女に抱いていた憎悪や後悔を告白できないままでいた。

 別れ際、御園は、嵐に、渋谷に「伝言ある?」と尋ねるように伝える。一階のロビーに戻り、嵐は彼に伝言を聞くと、「道は凍ってなかったよ」という言葉がかえってきた。

 この瞬間、嵐は自分が御園に対して抱いていた感情のすべてを見透かされていたことを悟る。彼女に対しての謝罪を求めてもう一度会うことを願い取り乱すが、それはもう叶わない。もう嵐には彼女への贖罪すら許されておらず、親友との永遠の別れのなかで、彼女が自分を忘れて安らかな場所へ行けることを無心に祈っていた。

■待ち人の心得

 都内の映像関連機器会社に勤める土谷功一は、深夜残業中に首を痛め起き上がれなくなり同僚の大橋に連絡すると、まもなく救急車で運ばれることとなった。さいわい大事には至らず、後日、軽い過労だと診断されるが、人生で2度目の救急車で土谷は過去を思い出す。それは7年前に突如失踪した婚約者の日向キラリのことだった。

 彼女と出会ったのは9年前の春で、大橋に誘われた合コンの帰り道、土谷は派手に倒れて頭を強く打った少女と遭遇し、流れで救急車に同乗することになった。処置が終わった彼女は「今度お礼をさせてください」といい、土谷は日向キラリと名乗る彼女に連絡先を教えと、後日、彼女から電話がかかってきた。

 これを機に2人はデートを重ね、恋人同士となるが、付き合って2年が経って婚約指輪とともにプロポーズをするも、「友だちと旅行に行く」と行って出ていったきり、彼女は消息を絶ってしまう。後々調べると、彼女が一緒に旅行に行くといっていた友だちはそもそもそんな約束などしておらず、バイト先に提出していた履歴書に書かれた住所もデタラメだった。

 土谷は「使者」に連絡し、キラリに面会することを望む。そして交渉の結果、彼女も彼との面会を望んでいると「使者」に告げられ、土谷は彼女の死と「鍬本輝子」という本名をそこではじめて知ることになる。

 面会当日、土谷は待ち合わせ時間よりだいぶ早く到着したが、彼女と面会することから逃げ出してしまう。近くの喫茶店で呆然と時を過ごしていると「使者」の少年がやってきて、彼女との面会を説得され「甘えんな」と気圧されたあと、キラリが本当は会うことを悩んでいたということを知らされ、土谷は面会場所のホテルへと移動する。

 再会したキラリは、土谷に対して自分の過去や、旅行といっていたその日は結婚の報告のため長く家出していた熊本への帰省の最中、フェリーの事故で死んでしまったことを告白する。そして嘘だらけの自分を愛してくれた土谷に感謝し、『大事な物入れ』のありかを彼に告げた。ロビーに戻り「使者」に感想を聞かれた土谷は、「会って、本当によかった。これで、後悔しなくて済む」といった。

 そして土谷はクローゼットから見つかった『大事な物入れ』を持って、熊本にいるキラリの両親に会いにいくことを決心する。

■使者の心得

 以上4つの物語の裏側が、「使者」である少年・渋谷歩美の視点で語られる。

 歩美はある日、祖母から「使者」を引き継いでくれないかと頼まれた。歩美は「使者」についての知識を持っておらず、祖母のたちの悪い冗談かと思っていたが、体を悪くしている祖母の代わりに依頼人と交渉する「研修」を引き受けることになる。そのあいだ、「使者」の能力である死者との交渉は祖母が維持したまま、然るべきときがきたら歩美に能力も引き継ぐということになり、「使者」のルールが事細かに書かれた古いノートを受け取る。

 歩美は平瀬愛美、畠田靖彦の依頼を通して祖母の「使者」としての能力を信じるようになる。そして、「使者」は自分が会いたい死者に会うことはできないというルールを知らされ、「使者」の能力を引き継ぐ前に会っておきたい人はいるかと訊ねられる。思い当たるとしたら死んだ両親のどちらかだったが、彼の両親の死に方は壮絶なもので、母を殺した父がその場で自殺したとして、歩美は知らされている。最初に彼らの死を目撃したのは祖母だった。

 土谷功一の依頼の際、祖母は歩美に死者との交渉の場に立ち合わせる。「使者」の能力を使うためには青銅の鏡が必要だと祖母はいい、そしてその鏡を決して覗き込んではならないと忠告する。「使者」とはこの青銅の鏡を所有する者のことであり、そして所有者以外がその鏡を覗き込むと覗き込んだ者と所有者が死んでしまうということを告げられる。祖母はこの鏡を兄、つまり歩美の大叔父から、嫁ぐ際に引き継いだが、これは「使者」を代々管理してきた秋山家が祖母のことを助けざるを得ないようにするための大叔父の配慮であった。

 土谷の依頼が終わり、歩美は祖母と病院の中庭で会話をする。そして歩美は祖母が「使者」を継承させようとしているのは、両親が死んでしまった自分を秋山家が助けるようにするためだということ、「使者」のルールが書かれたノートは父親のもので、父はかつて「使者」であったということ、そして両親の死は母が鏡を覗き込んでしまったからだという事実を知る。

 祖母はすべてを知った歩美に対し、ほんとうに「使者」を引き継ぐかを確認する。歩美はそれを受け入れ、死者に会うとしても自分が次に引き継いだ後、祖母に会うためにとっておくという。祖母が手の上に鏡を載せて歩美に差し出すと、「私がいいと言うまで、目を閉じて」といい、歩美は祖母の手のひらに自分の手をかぶせる。やわらかな陽の光が射す病院の中庭のなか、ふたたび目を開いたころに歩美は「使者」になっている。

ツナグ/辻村深月:書評「死者はみんな生者を見ている」

 本作は「使者」をめぐる5つの短編により構成された群像劇である。それぞれ4人の依頼人と「使者」を引き継ぐこととなった少年・渋谷歩美を主人公としながら、死者との一度きりの面会というドラマティックな体験を、静かに、そして軽やかなタッチで描いている。

 生と死という大きな断絶は、これまで多くの文学作品が大きな問題として扱ってきた問題だが、それはいまなお、そしてこれから生まれてくる多くの作品にとっても大きな問題であり続けるだろうことは、おそらく人類が死を経験してもなお生き続けることができないことを考えれば想像に難くない。フィクションという想像力は、生と死の狭間にみられるような大きな断絶を跳躍するためにこそあるのではないか、とさえ思えてしまう。

 辻村深月『ツナグ』が優れていることは、死者との面会を「生者と死者」という構図でなく「人間と人間」という形で描いたことだ。本作において、死者は生者と「使者」というシステム上の明確な違いは設定されているが、生死の境界を越えての思想・認知の差異は決して描かれない。死者はあくまで人間として生者を見つめ、コミュニケートする。生者が死者を信じないというのはそのコミュニケーションの放棄であり、「使者」という超自然的な能力への不信ではなく、死者の人間性の否定に他ならない。嵐と御園の面会はそういうことなのかもしれない。

 死者は私たちを見ている。そのまなざしへの恐れが、死者を悪霊へと変えている。

【この記事の著者:まちゃひこ】
文芸作品やアニメのレビューを中心に行うフリーライター。文系一直線かとよく勘違いされるが、実は大学院で物理とかを研究していた理系。その他にも創作プロジェクト「大滝瓶太」を主宰し、小説の創作や翻訳を行っている。電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より短篇集『コロニアルタイム』を2017年に発表。
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