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書評「劇場」(又吉直樹)|あらすじ&読書感想文“読んだら苦しくなる小説”

2017年5月14日

 『火花』から2年余、待ちに待った『劇場』が刊行された。私は運良く『劇場』お渡し会のチケットを入手し、発売日当日に銀座の博品館劇場で又吉さんから直接『劇場』を受け取ることができた。

「劇場」のあらすじ

 主人公の永田は、中学からの友人である野原と一緒に、劇団「おろか」を立ち上げ、その小劇団で脚本家兼演出家を担っていた。しかし、「おろか」は世間から酷評されており、永田はバイトをしながらギリギリの生活を送っていた。

 ある日、街で見たけた女性に、「靴、同じやな。」(靴は全く違うのに!)と気持ちの悪いナンパをする。女性は怖がりながらも、必死すぎる永田の誘いにのり何故か喫茶店へ行くことに。彼女の名は沙希といい、女優になるという夢を持って上京し、現在は服飾の大学に通っている、ということだった。そんな奇妙な出会いをした2人であったが、付き合うことになり、金の無い永田が沙希の家に転がり込む形で同棲を始めた。

 初めは良好だった2人の関係は、時が流れるにつれ、そして永田が演劇にのめり込むにつれ、悪化していくのであった。どんなにもがいても苦しくなっていく関係が、切なく胸を打つ恋愛小説。

“恋愛”という題材について

 又吉さんが恋愛について書かれる、ということに対して正直意外に感じていたが、恋愛の苦しい一面がとてもリアル描かれていたのが印象的だった。

 永田と沙希の関係性がよくわかる描写があったので引用したい。

「沙希は徹底して僕にあまかった。僕はおびえることなく奔放になり、気ままに振舞った。自分の存在を受け入れられていることによりかかっていた。」(P78)

「世界のすべてに否定されるなら、すべてを憎むことができる。それは僕の特技でもあった。沙希の存在のせいで僕は世界のすべてを呪う方法を失った。沙希が破れ目になったのだ。」(P145)

 沙希が永田を崇拝しているようなシーンが多々ある。もし自分が沙希の友人で、沙希から恋愛相談をされたら、「沙希は優しすぎるんだよ!ヒモだし優しくもない男って何がいいの?別れな!」と説教するだろう。

 しかしこれは永田視点で描かれた小説だ。だから、二人の関係を自分の経験とリンクさせてしまいがちで、その度に本を閉じて、考え込んでしまった。

 永田の、相手が優しすぎてどんどん奔放になってしまうところ。どこまでも許されると思うと、その人が大切だったことも忘れて、自分の都合ばかり考えるところ。相手の存在が鬱陶しくなり嫌な言葉をぶつけてしまうところ。

 沙希の、自分の本音を言うことなく、相手が望んでいることを実行しようとするところ。永田が自分に対して無邪気であることを望んでいるから、必死に無邪気を演じるところ。いくら頑張っても関係をもとに戻せないところ。

 どちらも痛いほどによく分かる。

 新潮社の『劇場』公式HPで、又吉さんは恋愛小説を書いたことについて次のようにコメントしていた。

「恋愛小説は、恋愛がうまい人だけが書くものでもなくて、わからんから書く部分もあると思うんです。恋愛って何なのか、いまだに僕はよくわかっていないんですよね。一見シンプルなようで複雑な構造で。実際うまくいってないから結婚してないわけで、だからと言って、ほっとかれへんというか、どうでもいいわ、とも思えないんでね。」

 “分からないから書く”という言葉にはっとした。誰も悪いことをしようとは思ってなくて、相手のことも考えてて、自分の言動に反省もしてて、なのに上手くいかない。又吉さん本人が分からなくて悩んでいるからこそ、リアルな息苦しさが伝わってくるのだろう。

「一番 会いたい人に会いに行く。

 こんな当たり前のことが、

 なんでできへんかったんやろな。」

 帯にもなっている、永田のセリフ。当たり前で、1番大切で、だけど色々考えてるうちに忘れてしまうようなこと。それを教えてくれるのではなく、一緒に気付いてくれる、そんな等身大の優しさに助けられた。

『人間失格』へのオマージュは…?

 主人公の永田は『人間失格』の主人公である葉蔵とは違い、自殺を繰り返す訳でもなければ、次々と女が寄ってくる美男子、という訳でもない。それでも『人間失格』を思い出してしまうのは、又吉さんは太宰好き、という先入観のためだろうか。 いや、それだけではないだろう。先に異なる点を挙げたものの、永田と葉蔵は性格や対人関係の中で共通点も多い。

 最も注目すべきは、沙希とヨシ子(葉蔵の結婚相手)だ。2人が似ているというよりは、永田と葉蔵が同じものを女性に求めた、と言うべきだろうか。天性の純粋さと無垢さによって自分を救うこと。そして、葉蔵の言葉を借りるならば「信頼の天才」として、自分を信じ支えること。同じものを求める二人はやはり似ているところがあると思う。

 他にも、テーマが似ている。同じく新潮社の『劇場』公式HPでの又吉さんのコメントで次のようなものがあった。

「僕が昔から好きなテーマのひとつに“誰も悪くないねんけど、なんとなくみんな苦しんでる”というのがあって(笑)。」

 これは勿論『劇場』のテーマとなっていたが、『人間失格』でもまた根底にあるテーマの一つとして小説全体を包み込んでいたのではないだろうか。誰しもが痛みを抱えている、ということを描くことで、全体としての暗さや重みが醸し出されているように感じた。

 読んだら苦しくなると思う。色々なことを思い出すと思う。だからこの本は、そう感じた人にとって、とても大切な本となるのではないだろうか。(ミーナ)


→ 火花/又吉直樹のあらすじと読書感想文


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